2017年9月19日 (火)

サマディ(サマーディ 三昧)という単語が好きです。

最初に知ったのはタバコの名前ででした。(笑)

バイト先近くのデパートのタバコ売り場にあったちょっと珍しいものでした。

買ってみようと思った時にはもう販売中止になってました。

1年も販売期間がなかったという
クローブ入りの草煙に
サマディと名付けた人は
インド好きだったんでしょうか

すでに憧れのインドの瞑想のイニシエーションは受けていましたが

その28年前から私の半生、生活全てが
瞑想してるときもそうでないときもずっとサマーディの状態こそ求めるものでした。

今、瞑想を人に教えることに
携わることになった始まりでした。

小さな頃から、押入れに一人入ってはまっ暗闇の中で、自己が消え去る。

と同時に全てが自己となっていく、

ゾクゾクする無限に広がっていく意識の安堵感。

何度も繰り返して誰に教わることなく密かに三昧してました。

十代の頃はレコードを次々ターンテーブルに載せては音楽も三昧してました。
音と一体となって踊ることも小さい時から好きでしたが
音楽と静寂に浸る瞑想はまだ別々でした

インドで体験したバジャンだけでなく伝統音楽だけでもない、
対極のパンクロックやトランス的なダンスミュージックも好きだけどそれだけでもない。

「歌うこと 踊ることは瞑想の源泉だ」

ということをOShoの本で知り、
「これが私のやりたかったことだ!
と予感して
思い続けてるうちにアグニホートラとオショー通してできた友人と高尾ダイナミック愛好会が発足しました

最初は3人で初めて、
参加者を募りましたが
メンバーは減ったり増えたりを繰り返しながらも

途中、テクノロジーの恩恵受けて瞑想しながらDjできるようになったり

Oshoのスピリットから禅タロットでテーマを考察 深めるよう
インスピレーション受けたりしながら3年目迎えました。

今度で24回目になるわけですが
特に思うのはダイナミック瞑想で深い覚醒の意識状態から連動して、
トータルに歌い踊り瞑想することがとても素晴らしいということです。

こういう体験求めて昔の人たちはドラッグで変性意識 や拡大した意識を求めていたのかもしれませんが
私たちの脳の中には既に天然純度100パーセントのハッピーホルモンを合成できる機能があるのです

それが最大限に発揮されるのは死を迎えるときなのだといいますが
それを待たずに、普段からその歓喜の中で生きたい。
そう思う人の参加をお待ちしています。

https://m.facebook.com/fullmoonmeditationparty/満月瞑想集会10/3



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2017年9月18日 (月)

ジョーティシュでは出生図から、運命改善と健康のために断食を特定の曜日に勧める場合がある。

私の場合は土曜と火曜なのだが
ここのところ随分食べる量も減ってヴィーガン&ローフード率も
高まってるので、前後日からさらに減らして、その曜日は完全に水のみにラクにできるかと思いきや、そうもいかずというか逆に辛くなってしまい意外だった。
意識してない普段の方が余裕で食べないことを楽しめられた。

自ら制限したり周囲からプレッシャーかけられると、かえって逆効果的になることがハッキリわかった。

運命改善のために苦行的に食の喜びを断とうとすると、無理が生じる。

できれば達成感はあるだろうが
断食終了後に反動で食べすぎるだろう。

食欲を抑圧しようすると格闘することになり、食べることで罪悪感すら生じてしまっては元の木阿弥だ。

気持ちよすぎて食べることを忘れてしまうような、呼吸だけで十分な境地になり自然と食べない状態になることこそ目指すところだ。

なんでも追い込むときも必要だけど、一生それを続けられるのか?続けたいのか?を自答しながら長期的に取り組んでいきたい。




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2017年9月11日 (月)

世界の飢餓問題に心痛めるか、遠い国のことだと無関心になるか。

もっと卑近なことだが、自分が食べなくなったぶんを家族に回せるようになってきて、特にお菓子は以前は息子のぶんまで争って食べていた(苦笑)のがいまやなくなった。

美味しそうな料理の香りだけで満足できるようになった。
自分は食べなくとも料理するだけで幸福感と満足感がある。

スーパーの食料品売り場で
家族のための食材を買うため歩きながらふと思ったのだが
子供が産まれた時点で母親は徐々に食べる量減らして、
子供が食べ盛りになったら、
自分の分も食べてもらう。
そして徐々に量を減らして死期を迎える頃にはブレザリアンになってれば、ちょうどいい死に方ができるのではないだろうか?

飽食の日本に住む主婦の多くは中年太りや様々な老化現象、病気に苦しむ。
肉体の成長期はとうに過ぎてるのに
子供といっしょになって、もしくはそれ以上に食べまくっていれば無理もない。

ところで整形依存、、というか
外見の美にこだわる美のあくなき
追求者たちがいる。

作家の中村うさぎさんは美容整形だけでなく様々な依存症を経ている。昔から好きだが最近難病により臨死体験をされて、ますます興味深い。

整形サイボーグのヴァニラさんは
たまたま自伝書的なのを数年前に立ち読みした。テレビに出たのもたくさんユーチューブに出てる。

新しいのも含めて見直したが、
美のためなら死んでもいいという過激なところは、悟りのためなら命を落としても構わない求道者のようだ。

外部からは病んでる、精神科いけという声が多いようだが、その通りで美容への脅迫的依存症、ある種の醜形恐怖症なのだろう。

中村うさぎさんもヴァニラさんも世間の健康法とは離れたところで精一杯濃く生きている。

お二人とも夜型でヴァニラさんはインタビューによると夜中の3時にに肉料理を食べてたり、ペットに蛇とコウモリを飼ってることなど一般的には不気味なのだろうがユニークだ。

子供の時ブサイクでいじめられたのでフランス人形目指したそうだが、いじめれたのは外見というより、人と違うところや美しい声が象徴するクリスタルチルドレン的なピュアさだったのではないだろうか。
人間的な外見と内面のギャップに苦しんだのだろう、自分がなくなって消えてしまいたいと言われている。
それは私も同じだった。
依存先が美容整形ではなく瞑想だっただけだ。

痛い思いしてお金払ってする整形手術での美の追求は私の人生にはなかったが、美への憧れは子供の時から人一倍あった。フランス人形というより
エースを狙えのお蝶夫人みたいに大人になったらなりたい、と本気で心に決めていたのである(笑)

外見はともかくとして、その強い思いは小学5、6年生のころ私の髪の毛を直毛からお蝶夫人のたて巻きロール風コロネ状の天然パーマに変えた。
願えば叶うのだと思ったものだ。

今でもずっと子供の時の憧れがあるから、美容整形とは違う方向を模索してきた。
無限のフリーエネルギー、若さの泉につながることを研究しているうちに、お蝶夫人にはなれなくとも年をとることは恐怖ではなくなってきたのは、成果だったと思う。

もう一人ロシアにもリアルバービー、ヴァレリアさんがいるが、
上記の二人と違うのはヨーガに傾倒していて若さを保つために食べないブレザリアンだと公言している、ヘルシー志向なところである。
この整形美女3人に共通してるのは出産していないところだろうか。

子供は小さいうちは、母親がどんなにブサイクだろうとデブだろうと顔にシミやシワがあろうと白髪のおばあさんだろうと、気にせず愛情を求め、またこちらの愛情にも答えてくれる存在である。

物心ついて以来ずっと女は外見でジャッジされ比較され続けるから、子の無条件の受け入れは癒しであるとともに、そこから転がる岩のごとく転落して行く女の美容人生の落とし穴でもある。

そう考えるとやはり、子が成長し親離れする時が母親のブレザリアン化のタイミングなのかもしれない。

成長した子と親の見分けが外見的にはつかないが、親には子にない何かがある。そんな野生動物に、いつしかお蝶夫人よりも憧れるようになっていった。










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