2018年6月20日 (水)

エプロンとハンカチ

様々なものを集める人がいる。

毎週購読している
ROADSIDERS' weekly
http://www.roadsiders.com
の今朝の配信記事では、個人的な音源のカセットテープやレコードなどを収集してる人の記事が面白かった。
さぞかしユニークだろう。

収集癖があるのはアーユルヴェーダではカパと言われている。
私も子供の頃は綺麗な石や、ポプリブームの頃はハーブやスパイスなど集めては喜んでいた。

十代の頃は音楽のアナログレコードと古着のTシャツ。
シルクのリボン。
珍しい切手とレターセット、、

そして最近まで
エプロンとハンカチを集めていた。
安物でちょっとレトロなのが好きなんである。

どちらも実用的なのがいいところだが
そう何枚も必要ではないので、タンスの肥やしであまり使うことがなかった。
しかし最近はプージャーを毎日するおかげでエプロンもハンカチもガンガンに出番が出てきたのである。

エプロンのポケットにその日の朝にプージャーで捧げたハンカチに聖水を染み込ませたものをしのばせて、ささっとなんでも拭き掃除するのだ。
主婦たる感じがいい。

あとはよく病人がきてる印象だが、着物のおねまき。
これもレトロなものが二足三文でよくリサイクルショップにある。
昔のはタグも可愛く、大げさな宣伝文句が入ってたりして味わいぶかい。

一生買わなくてもいいくらいあちこちのリサイクルショップやディスカウントショップなどで集めた掘り出しもの。
布製のものというのは元を辿れば植物からであり、やはりマザーディヴァインの贈り物だったのだ。

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2018年5月31日 (木)

子育て1

20代始めにアーユルヴェーダの女性のための妊娠出産の知識を学んだ。
妊娠中の過ごし方、出産時、出産後、子育ての智慧。これは実際に体験したいと思った。

結婚して4年目に子を授かった。妊娠がわかった時は、世界中に(誰も聞きたくはなかろうが)叫びたいくらい嬉しかった。あれから15年の子育てについて、覚えてるうちに振り返って書き留めておこうと思った。

一般の病院のように陣痛促進剤、会陰切開などせずに、昔ながらの自然分娩を体験したいと思った。自宅に出張してくれる助産師さんをネットが普及する前だったので電話帳だったか近所に見つけた。

『分娩台よさようなら』などの名著を読み、一日2-3時間は歩いた。
しかし、予定日1週間たっても兆候がないので高尾山薬王院まで夫と九州から来てた姉と甥っ子とお参りに行った。すると次の日の朝に出産の兆候が来た。
徐々にフルマラソン並みの体力を使う陣痛になっていったが、風呂場に這うようにして行って、水中に入ると痛みがかなり軽減されるのを実感した。
出た瞬間は今思うとまさに全身が弾けてぶっ飛ぶような大きなオーガズムだったが、30時間以上も陣痛でめためたにされ、ゼーハー精魂尽き果てた。
助産師さんからはまだ若いのだから二人目三人目もいけるのでは、などと言ってくれたが、こんなに大変なら出産はもうこの1回こっきりでいいやと思ったものである。
シュポーンと水中を飛び出てきた赤ちゃんを手にすると、こんな可愛いのがお腹に入ってたのか〜!と驚愕した。
今思うとオキシトシンホルモン大放出だっただろう。その夜中から早速の授乳に手こずり、布オムツのセットの仕方もわかぬまま寝れない睡眠不足な子育てに突入した。



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2018年5月 9日 (水)

マザーディヴァイン・プージャー

プージャではなくプージャーなんだそうである(伊藤武先生のブログ記事より)
ヨガではなくヨーガ。ヨギニではなくヨーギニー。アサナではなくアーサナ。アナンダではなくアーナンダ、、
伸ばすか伸ばさないかで意味が違ってきてしまうのがサンスクリット語。

英語を介して靴の上から痒いところを掻くようなのではなく、だれしもサンスクリット語からヨーガを学べられる素晴らしい時代が到来している。
(興味ある方は伊藤武先生主催のYaj サンスクリット語講座で検索 )

それはさておき、、
いつから毎朝プージャーをやり始めたんだっけ?と記憶を辿ったら昨年末、親知らずが痛くなり、近所の歯医者で速攻で抜きます、と宣告されたのに慄き、無理矢理抜かなくても済むように、神頼みで始めたのを思い出した。

人は心身の苦痛に会い、ピンチにたつと藁をも掴む思いになるものだ。(親知らずくらいで大げさな、、と思われるのは承知だが)

基本的には日の出のアグニホートラ後にやるのだが、朝行うことで一日じゅうマザーディヴァインに守られてると実感できる。

朝できなかった時は一日の報告兼ねて夜にやる。
親知らず以来5ヶ月、ほぼ毎朝プージャーをやっていることになる。

それまでは仕事上の義務と責任感から、あくまで製品の浄化と依頼者へのご祈願のために、たまに納品時にやっていたのだった。
しかし他でもない自分の為に、積極的に恩寵を要請するのだ。
以前、アグニホートラができるように、日の出前に起きれるよう、これまた藁にもすがる思いでディークシャしまくって実現した経緯がある。この時初めて自分にやったのだった。
己の必死なる思いが1番わかるのは当然自分なのだ。人に頼むより自分でやったほうが手っ取り早く、お金もかからない。
必要なのは続ける熱意のみだ。

実際にやってみると、明らかによい影響がある。親知らずの痛みと恐怖以外にも生きていれば、生きるのが嫌になるようなことはやってくる。
となるとこれはやらなきゃ損だと思うようになった。
人に言ったらバカバカしいと笑われるくらい単純なこと、ヨーガでも何でも秘教と呼ばれるものは、笑われたりバカにされたりするのを防ぐために内密に秘儀として隠してるんじゃなかろうか。

それにしても幸福は心の持ちようだ。
少しでも楽に生きれるのならプラシーボ効果だっていい。
痛みも大げさに恐怖におののくのと、これも恩寵で軽減されてるのだ、と思うのとでは雲泥の差だ。

続けている理由としては
一つは願望実現やご利益があること。
二つは心の平安を得られること。
三つは祭壇のしつらえなどで芸術心?が生かせること。
四つはヨーガのアーサナもプージャの中でやってしまえること。
五つは 毎日やってると、プージャーにおいて自分でも予測つかない思いつきやひらめきが出て、プージャーが日々改良されていくのが面白いところ。
六つめはこれまで得た知識や学んだことをプージャーのプロセスで試したりより深められること。
7つめは使った聖水の二次利用?でついでに掃除ができること。朝日に反射されながら窓拭きなどしてると主婦である喜びを感じてしまう。
8つめは、日々バージョンしてるおかげで、仕事上のプージャーがスムーズにできることだ。
育てた薔薇をしつらえ、生き物のように祭壇が日々変化するのが面白い。
供え物のお花を採りながら庭仕事もやりつつ、宝石浄化などの仕事ももちろん合わせてできるのは言うまでもなく。

実物の母親が他界してるからこそ、マザーディヴァインとの交流が私には必要だったのだと思う。
もしこれが義務や修行で毎日やれ、となったら絶対嫌だしやらない。アグニホートラしかり、自主的にやってこそ楽しいのだ。
この世において問題の多い、生きづらい自分が、よくプージャーもしないでこれまで生きてきたなと思うくらいだ。30年近く前、癌で母親が急死して以来、母なるものとの交流に飢えていたことが分かった。

薔薇や宝石自体がマザーアースが生み出した最高の芸術品であるが、それらをプージャーの中で讃えることは私の芸術活動であり、母親との交流であり、ロボットではなく人間だからこそできる、満足感と幸福感を味わえる行為だと思う。




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