2018年1月12日 (金)

ダイエットの裏技(プラーナ)

朝9時、開店早々の地元のイトーヨーカドー。1階のガラス張りの明るいフードコートはお気に入りスペースだ。

朝一番に買い物に出ることなどなかったのだが、息子の登校に合わせて、朝一緒に家を出て、このイトーヨーカドーに途中寄るのが平日は日課になった。

おはようございます、いらっしゃいませと爽やかな雰囲気でお店の人が出迎えてくれる中、値引きされた食品をハイエナのように見つけて回る。

休憩所ではコーヒーを飲んだり、朝のひと時を一人静かに過ごしてる人ばかり。ランチタイムの騒々しさからすると別世界だ。

ポットにお湯も用意されているので、好物のトムヤムクンのカップ麺を購入して食べることもできる。

自由に使える、沢山ある椅子とテーブル席。冬は暖かく、夏は冷房が効いていてありがたい。

このイトーヨーカドーの中にある小さな本屋で、5年前に伊藤武先生の「秘伝 マルマツボ刺激ヨーガ」の本を見つけたと思うと感慨ぶかい。

それがきっかけで、マルマヨーガの12回講座を修了し、サンスクリット語、ハタヨーガの開祖ゴーラクシャ講座、シヴァサンヒター講座と学びながら、マルマヨーガを実践し、伝える機会も得てきた。

先日の西荻窪サハジャでのお試し講座で、アーサナを担当させてもらったが、今月20日から始まる連続講座でもアーサナ担当、スタッフとして参加できる僥倖をいただき、ワクワクしている。

そんな中、数日前に久しぶりに体重計に乗った。
断食明けしかも普段から食べる量も減ってるのだから増えて無いと思いきや、なんと2キロ近く増えていて愕然とした。

息子の冬休み期間は、朝のウォーキングもお休みになるし、初詣にもいかずにコタツでねそべって読書ざんまいで、普段にもまして動かなくなってはいた。

それでも週に2日は断食、それ以外は一日一食〜半断食で以前からすると半分以下に減ってるのだ。
お雑煮も餅抜きだったのに、、体重が増えてしまうミステリー、、ではなく、

30代以降は、基礎代謝量が落ちて太りやすくなり、歳を取るごとに拍車がかかる。
特に冬はアーユルヴェーダでもカパが増悪するので、有酸素運動や筋肉量を増やすために活発に体を動かしトレーニングしましょう、というのが定説だ。

歳をとって中年太りして、近所の温泉でよく見かけるゴリラの大群のようなおばさんたちのようになるか、
冬眠でもしたいのにムチ打って必死のトレーニングするかしか選択肢がないのでは、せっかく素晴らしい時代に生きているというのに、厭世観丸出しの人生になってしまう。

太って体が重くなるのは嫌だ。
かといって中年の悲哀から、やりたくもないトレーニングなどしたくない。

ここは少しでも楽に気持ちよく生きるために、発想を転換しよう。

基礎代謝量が減る、ということは物理的な食べ物の必要量が減ってきている、つまり少ないガソリンで走る燃費のよいハイブリットカーのように進化していることと同じと言えまいか。

経済至上ではお金のため、食って行くためだったら魂さえ売り渡すことだってするだろう。

しかし、ハイブリッドになってガソリン少なくなってくれば金銭の奴隷からも解放されてラクに生きられるのではないか。

プラーナ摂取率が上がり、
それが100%に近づくにつれ、食物としての栄養が必要無い状態となってくる、、とすれば
お金も時間も節約できて、その分をのんびりしたり、本当に自分のやりたいことに使えて経済の奴隷ではなく、人間らしく生活できる。

空腹自体はじつは気持ちいい。
出先で美味しそうな匂いが漂ってきたりして食欲を刺激されても、プラーナ呼吸法や嗅覚を使うことで、満足できる方法がある。

しかし美味しいものを味わう喜び、というのはまた別で、この味覚の虜になると、必要以上に食べてしまい、余分に蓄えられる脂肪の元になってしまうのだ。

昨日、丁寧に土鍋でご飯を家族のために炊いた。
自分は食べないつもりが、つい一口だけ、、が、とろろ昆布を乗せてお醤油垂らしたら止まらなくなってしまった。炊きたてご飯は至福の味だ。

生地から手作りする、餃子やピザ。 甘酒で発酵させるパン。家庭の味も既製品にはない満足感を与えてくれる。

冬場は土鍋に炭のようになった小石を敷き詰めて焼きいもを作る。
暖房兼ねて一石二鳥でもある。

エスニック料理の刺激的で風味豊かな味。
特に好物トムヤムクンは、前世の記憶を呼び覚ますかのごとくだ。
嗅覚だけで満足できるような域にはきていない。

が、プラーナはそれら五感を超える喜びであり、全ての栄養の源である、と定義される。

この無料・無尽蔵の愛のエネルギーで満たされて、お腹いっぱい、胸いっぱいのハッピー状態で生きている人たちが、ヨガナンダさんの『あるヨギの自叙伝』に出てくる。
過去だけでなく現在でも世界中で出現している。

脳の食欲と性的な満足を司ってるところは隣り合わせだという。
食べ物も性も物理的に依存になりやすいはずだ。

何であれ依存は不自由である。
しかしながら食べる喜びもまだ半分は楽しんでる今は、余分なカロリー、脂肪を燃焼させねばなるまい。

アグニホートラは物理的にも煙が不思議な満足感を与えてくれるので、ダイエットになるのではないかと密かに感じている。

さらにアンタルホーマ(火の呼吸法)で余分な脂肪も燃焼できるかも実験しよう。
寒い冬は出来るだけ亀のように動きたくない。
大いに食べて大いに動く、それはこれまでさんざんやってきたので、
もうそろそろこの無限ループから、
脱出したいのだ。
食べることだけが楽しみで入れ歯の老人として生きていくのか。

ヨーガやってるんだったらそんなお決まりパターンの人生ではなく
プラーナでも生きれる自由を享受してなんぼではないか。
最小の努力、いや努力ですらなくひたすら気持ちよくなりながら、
最大の結果が出るような、
少しでもこの世でラクに健康に生きられる方法はないのだろうか!?

ヨーガと一口で言っても肉体から精妙体と様々な次元の働きかけがあるが、
20代のころ、ヨーガとの陰陽のバランス取るためと、最新のトレーニング理論を学ぶため、スポーツクラブで研修しウェイトトレーニングのインストラクターとして働いていた。

(ミスマッチながら色々勉強になった。そのころのエピソードはまた改めて書きたい。)

肉体を大切にして鍛えるのも大事だが、究極にはプラーナで生きることが、ハッピーライフのスタートであると思う私にとって
プラーナの座であるマルマを意識するマルマヨーガとの出会いをくれたイトーヨーカドーには感謝なのである。

Facebookページ マルマヨーガ研究会










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2018年1月 8日 (月)

1.生きづらさと押入れの中のサマーディー

あなたは小学生のとき、
ドッチボールが好きだっただろうか?

小学生は何かといえばドッチボールに参加させられる機会ばかりだ。

休み時間も 体育の授業でも お楽しみ会でも 歓迎会でも 親睦会でも、ドッチボール。
逃げ惑う人にボールをぶつけて喜ぶ、
残酷で野蛮な行い。これをゲーム(娯楽)などと言いたくないが、、。

子供たちにとっては、机と椅子に縛られた時間の鬱憤ばらしの発散でもあるのだろう。
好きな子はドッチボールやるよーといえば歓声あげるだろうが、
私にとっては恐怖の地獄の時間だった。

今時では当たっても痛くないボールを使用するケースもあるようだが、
ビーチボールのような柔らかいボールなら、まだよかったのかもしれない。

40年前の小学校では硬くて当たると痛い、自分めがけて飛んでくる殺気のこもったボールは凶器だった。

晴れてると校庭でドッチボールができてしまう。雨ならやらないで済む。
晴れてたらほぼ毎日の拷問の時間。

今だったら、発想を転換して、殺気のこもったボールを、お金(やその他なんでも好きなものや叶えたい夢)が、ボールに姿を変えて、あなためがけて飛んできてるだと思って、怖がらずにしっかりボールを見てごらん、とかなんとか、恐怖におののいてた子供時代の自分に言ってあげたい。
少しはストレスがマシになったかもと思う。

毎朝雨が降ることを祈った。
晴れると絶望しながら学校に行った。
雨が降ればほっと安堵した。

大人になった今。晴れの日はああ、晴れてるとただ単純にそう思えるのが幸せだ。

しかし、心のどこかで、基底音のように物悲しい調べが背後で低く流れる時があるのは、きっとPSTD(その頃の精神的な古傷)のせいだ。

6年生の頃は、昼休みのドッチボールをやらないで済むように(強制でクラス全員参加しなければならなかった)

学級新聞作りの係りになって、一人教室に残って大きな模造紙に4コマ漫画など書いて過ごした。

疎外感はあったがドッチボールで恐怖の時間を過ごすより何百倍もましだった。

皆が普通に何の気苦労もなく楽しめることが、自分にはできなくて地獄であること。

人間世界、というか学校という狭い檻の中で生き苦しさがはっきりしてきたのはこの頃からだ。

ドッチボールは最たるものだが、
他にも学校ではヨーイドンのピストルの音も怖かったし、夏になると水泳があるのが憂鬱だった。クラスでは教師自ら特定の生徒を無視することを率先したり、優劣をつけて序列化し、生徒同志の仲間はずれや陰口など、理不尽で苦手なことがたくさんあった。

登校拒否は当時はまだ一般的ではなく、その選択肢は私にはなかった。
休み癖がつくからと熱が出ても学校に行かせる親だった。

勉強という名の繰り返しドリル、暗記など、数多くこなせば点数を取れるものは、機械的に自らやった。
学校で推奨されることで自分にできることはこれだけだった。

お誕生祝いや、お年玉で貰ったお小遣いでも本屋で問題集やドリルを買って、自ら取り組み親を驚かせた。

そんな目眩しで喜ばずに、小学生でこれは異常だ、と少しでも児童心理学的な洞察力、とまでは言わないが、
学校で受けているストレスを察する気持ちが親にあったならとは思う。

そんな生きづらさから逃れる方法は、
二つあった。

ロボットのように勉強に集中すれば、いい成績もとれて劣等感を埋め合わせることができる。

もう一つは布団の中で、自分の体の不思議を探求することだ。

最初は小学校よりさらに遡る。
物心ついたときにたまたま、真っ暗な押入れの中に入った時に、意識だけがどこまでも、境界なく広がっていく体験をしたのだ。

暗闇の中で体は見えず、消えてしまったようなのに、全てが自分であるかのような、宇宙の果てまでが自分になるのだ。

そろりそろりと襖を内側から閉めて行く時は、まだ怖さが勝るのだが、
完全に締め切って真っ暗になる。

と、いきなり世界は反転し、ポンと宇宙の無重力空間に自分が浮かんでる感じになり、そこは時間も空間もない。

いつまでも、親が家に帰ってくるまでの時間そうして過ごした。

闇に包まれる奇妙な安心感と、押入れから出ると生まれ変わったように妙にリフレッシュするのに嵌った。

体が大きくなって押入れに籠ることができなくなってからは、布団の中で同じような状態を再現するようになった。いわばヨーガの死体のポーズだ。

無限に広がる闇と同化し、さらに気持ちよくしていく方法を探るのがたのしかった。

私はアトピー性皮膚炎だったので、衣類はただれた皮膚にストレスを与える。
衣類が無い方がこの遊びの気持ちよさと開放感が増すこともすでに知っていた。
しかし親は布団の中で、このような秘密の探求をする子供をよくは思わない。

見つかって咎められるたびに、なぜ体に備わってる神秘的な機能を、自分で調べてはいけないのだろうか?と疑問だった。

アトピー性皮膚炎は肉体的にもこの世界にフィットしていないこと、
皮膚を通して異議申し立て、悲鳴をあげていたのだと思う。

親に連れられていった病院で、対処療法的にステロイド剤を塗るしか方法はなかった。

常に皮膚科通いの私に母親は「できもの会社の社長さんだね」と呆れ気味に言ったものだ。(小学生なのにそんな社長になりたかないわ!と今になって思う笑)

緊張と恐怖の学校と、かゆみと血の膿みの皮膚炎の繰り返しの毎日の中で、いつまでも平安の中でいられる【意識だけになる】一人遊びは、辛い体も心も忘れて逃れることができた。

全ての嫌なことから解放され、お金もかからず副作用もない安全な方法を、人生の早いうちに見つけられたのはラッキーだったと思う。

多分それを知らなかったら、遅かれ早かれ、痛みを和らげ麻痺させるけれども、心身に害を与えるような方法に頼らずには生きられなかったと思う。

この世界の桎梏から、神経症的なモヤモヤとストレスから逃れるために依存することになっただろう。

そんな非合法なドラッグを十代の終わりに友人におすそ分けしてもらって試したこともあるが、
すでに自己流だけでなく、インドの伝統的な瞑想にも入門していたおかげで
気持ち良くなる方法、トリップできる方法は知っていた。

薬物を使うよりも、その方が数段クリアに体験できることが分かり、はまらないで済んだのだ。

瞑想の気持ち良さを増幅させるか減少させるか、台無しにするか否か?が一つの選択の基準となった。

例えば合わないものを飲んだり食べたりすると、アトピー性皮膚炎は悪化するし、瞑想も落ち着いてできなくなる、となるとその逆を探っていくことが自分にはハッピーなのだと判断できる。

姉からは「歩くリトマス試験紙」とあだ名をつけられるくらい、ある意味、青にも赤にもはっきり現れるのだが、感度が良すぎるのも、一方では生きづらさを強調するやっかいものだった。

人並みになぜ、ふつうに楽しく生きられないのか。

麻痺させてしまった方がラクなのではと、合法的なリラックス法、お酒も煙草もガンガンに依存した時期もあるが、麻痺して感じなくなる代わりに、何かを引き換えにした感じがあった。

ともあれ、判断となるセンサーの働き、リトマス試験紙を、楽に生きることに役に立たせられるようになるには、まだ先のことだった。





























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2018年1月 4日 (木)

毎日が正月休みの人生へ〜新年の抱負

お雑煮に入れる大根とネギを取りに、近所で借りてる畑に行った以外、正月の三日はほとんど、こたつで図書館で借りた本を読んでいた。

これまでは初日の出を見にいったり、近所の神社へのお参りも毎年朝一番に行ってたが、
日の出前に起きて瞑想して、普段自分でプージャやホーマ(護摩)をしてると、聖なるものとの交流に満足してるせいか、あえて寒い中、初詣に出かける気がしないのだ。

引きこもりと言われる人の心情も分かるというものだ。
高尾山は今年もまたすごい人出だろう。ひと気がなくなってから行くかもしれない。

家族にちょっとした食事の用意をするのは、元々料理好きなのでいい気分転換だ。
2日は初断食して爽快だった。

これまでのように、食べ過ぎた過剰カロリーを消費すべく、出かけて歩いたり、
家でもユーチューブの減量ヒップホップ動画見ながら踊ったり、家庭用トランポリンで30分も1時間も飛び跳ねたりしてた(涙ぐましい)負のサイクルから外れて楽になった。
(ダンスもトランポリンも遊びでは楽しいが)

いっときの食の快楽と引き換えの体の重さ 倦怠感 腹に蓄えられる脂肪は、元々生きづらさを感じている人間にとっては、地上で生きるにあたり、ますます重苦しく、生きるのが辛く嫌になることに拍車をかけるものだ。

そして消費した分はまた働いて、終わりのないサイクルの果ての、病気 老化をたどる人間の一生。そんな人生は不毛だ。

お誕生日もそうだけど、祝祭日は日常生活とあまりギャップが無い方が自分には精神衛生上、いいような気がする。
といっても普段を祝祭日に近づけられたらいい、という意味でだ。
ギャップがあるほど辛くなるんじゃないかと思う。

毎日が正月休みだったら最高だ。
サザエさん症候群と同じく、三が日症候群なんてのもあるんじゃなかろうか。

読んでた本の内容は、非正規雇用のワーキングプアや貧困関連で、
新逆の意味で盆も正月もおちおちと休められない人々のルポだ。

自分自身20代半ばまで不安定な雇用状態の当事者だったので身につまされ共感する内容ばかりだ。

取り替え可能な労働者は、人権無視のパワハラセクハラあたりまえの世界で生きている。
私も奴隷のように働き、何度か突然の解雇もあった。
リストラという言葉が流行りだしたころである。
その頃私は、1ヶ月のうち休みは一日あるかないかで、早朝から夜まで、自分の人生、時間を切り売りして生きていた。

合間に通信制の短大で学んでいたので夜行電車で愛知県までスクーリングにも通っていた。

その頃、1995年はヨーガ団体O真理教の地下鉄サリン事件があり、インドやチベット密教がお茶の間で危険なものと流布されていた。

ヨーガ、瞑想、アーユルヴェーダ、
自分の学んでるのは、似ていても非なるものだと思っていても一般的に誤解を受けるのは必至な状況だった。

ももちろん親には全く理解されないので、自分で稼いで家賃を払い学費を捻出した。

誰にも理解されなくても
自分のやりたいことと、やるべきことが一致するその日に向けて、一人ポツネンと瞑想し働いた。孤独だったが
将来のビジョンは超越瞑想の教師として、世界平和に貢献することと明確だった。
何があろうと精神的には前向きだった。

1996年10月、タイのバンコクでアジア中の女性が集まる2週間くらいの瞑想合宿に参加したのが転機となった。

初めての海外だった。気だるい陽気の中、白亜の建物の中で瞑想と美味しいヴェジタリアン・タイ料理三昧だった。

コース途中、25歳の誕生日がマザーディヴァン(母なる自然)勝利の日という、何やら吉兆な日に当たっていて盛大にお祝いしてもらった。

帰ってきたら、2週間休みをもらってる間に、二つのアルバイト先から同時に解雇通知され、一挙に無収入となった。
その2年ほど前、部屋を借りるお金がなくて一時期ホームレスだったことがある。またもやホームレスに戻るかの瀬戸際だった。
当時はまだなかったが、今だったらネットカフェ難民だっただろう。

しかし捨てる神あれば拾う神ありだった。あれ以来、恩返しの日々と思って生きてるが、21年もたつと、あの解雇され途方にくれて歩いてた夜のことなど忘れてしまっていた。
貧困問題の本を読んで思い出すことができた。

心ある人が、様々なアプローチで社会へ現実的な取り組み、支援、貧困対策、提言、改革を行っている。
そんな中、私にできることはなんだろう。
全て金儲けで環境破壊などしったこっちゃない世界。
貧困や今のどうしようもない格差社会から抜けて、心豊かに生きる逆転の発想、価値観、既成概念を変えて心豊かに生きることができたら。

毎日が正月休み、毎日がお誕生祝いのような喜びの日々を送るための、裏技的な智慧をこれからも、探っていきたい。

私自身、これまで辿ってきたことを振り返り、実体験に基づいて以下16項目を書いてみようと思う。


http://kanako-laxmi1011.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/1-bee9.html">生きづらさと押入れの中のサマーディー

2 植物 香料の世界へ

3 管理教育とオルタナティブスクール

4 チェルノブイリとアングラパンクロック

5 ビートルズとサイケデリック・レボリューション。
瞑想のイニシエーション

6 母の死と瞑想への誤解

7 アトピー性皮膚炎とアーユルヴェーダ 〜ジョーティッシュと宝石療法

8 フィットネスクラブと現代人

9 洗脳とハタヨーガ、チャクラ瞑想 インドの寺院で

10 神の恩寵〜借金完済

11 存在の悲しみと大笑いの効用

12 結婚生活と自宅出産

13震災とアグニホートラとの出会い
灰の利用

14レイヴとダンス瞑想

15 ブレザリアニズムとプラーナの糸

16 生きる目的〜幸福な生と死へ
































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