2019年2月15日 (金)

教訓

今年、母が癌で急逝したのと同じ48歳に私はなる。
子供3人恵まれ賑やかな家庭を築きつつも、心配症で心労が絶えなかった母。男尊女卑な九州夫にもあまり自己主張できなかったことだろう。
そんな母が亡くなる1、2年くらい前の正月に、今年の抱負を家族で話したら控えめだけどきっぱりと「一人になりたい」とそれだけ言ったのには、父も私たち子供もシーンとしてしまった。
つい出た本音だったのだろうか。まもなく病気が見つかり、確かに一人で入院することになるのが、、。
亡き母の教訓として、私は夫に対して自己主張して、不満や要望は遠慮せずガンガン言うようにしたいと思っている。争いを避けてストレス溜めて、そのせいで病気になったら、相手も自分も不幸だ。我を押し付けず、わがままな嫌な人間にはならないように気をつけつつ、言った後は囚われずにお任せするのがコツだと思う。
雨降れば地面固まるを繰り返し、泥沼ではなく、花咲く大地になっていきたい。







| | コメント (0)

2019年1月23日 (水)

人間の尊厳

お客様は神様だな〜といつも思う。
お客様が来てくれるからこそLaxmiltd.は活動できる。インドに縁ある人と仕事を通して知り合えるのも嬉しい。

創業29年め、先日、これまで縁あった方人全てに向けて感謝をこめて、おあし絵馬をプージャーして高尾山薬王院に納めた。
毎日のようにプージャーしてアグニホートラもやるようになって、ますます
大いなるものに守られてる感がある。

納税?で有名な斎藤一人さんは、お金があることで、失礼な人や、感じ悪い人、この人には売りたくない!というような人にへつらうことなく、あんたには売らないよ、と言える自由がある。というようなことを何かで書いてた。

でも、生活かかってたら、借金あったら、背に腹は変えられんと、札束で頬をぶたれようと、お金をもらわねばならない。そこまで行かなくても、我慢料としてお金をもらうというのは多かれ少なかれあるだろう。
お金の奴隷ではなく、お金に使われるのではなく自らが主人としてお金を使いたいものだ。

先日、ある集まりでベーシックインカムに激しく反対する人がいて驚いた。
その人は経済的に困っていないのかもしれないが、衣食住をまかなえる基本があれば、どんなに低所得者でも、生活の不安がなくなると思う。

やりたくないことを嫌々やることもなくなり、ストレスが減ればもっと良心的になれるだろうし、人間の尊厳を踏みにじる拝金主義も無くなるだろう。

思えば私も中学生の時の新聞配達から始まって、お金のために嫌なこともたくさんやってきた。
ベーシックインカム反対派の人は、生活費が保証されていれば、グータラして働かなくなるから良くない、という考えだったのかもしれない。
確かに怠惰になってしまっては不健康である。
けれども、最低限の生活の基盤があれば、お金になる、ならないを気にせずに、商業主義や他人の評価に依らずに創造的に、芸術的に暮らすこともできる。
武士は食わねど高楊枝。いや商人だって誰だって、誇りを持って嫌なものは嫌だと、自分に正直に、人間の尊厳もって生きたいと願う。












| | コメント (0)

2019年1月14日 (月)

霊学

朝一番に登る太陽とともにアグニホートラをやるとなんて爽やかなんだろう。

日の入りのアグニホートラは闇に紛れて、エゴ、悲しんだり苦しんだりする自分、孤独感。過去生から、また今生で持ち越してきた諸々。
全ての幻想が消え去っていくのがとても癒される。
ただある、という魂の源に戻っていく。

今朝は畑で収穫してたローズマリーで
アグニったから、アロマセラピー効果でさらにしゃっきりした。
燃えもいいし、カウダンでできなくとも十分恩恵を感じる。

私にとって最高の瞑想に出会えたことに感謝。

車輪のように日々行うことはヒーリングホイッスルの滑車を回すことだとヴァサント先生は言う。

瞑想、、といえば、シュタイナーの
『いかにして超越的感覚世界の認識を得るか』
また昨晩読み返してたが、赤線引きまくり。

瞑想への糸口が、シュタイナー教育との出会いだったが、30年かけて原点に帰るとはなんともはやと改めて思う。

必要なプロセスだったのだとは思うがあまりに長い時間かかってしまった。

たくさんの知識を得たし、実践もしてきた。インドを超えるべく。
シュタイナーさんは最後の総仕上げに必要なことを、見せてくれた。

高校生のころシュタイナー学校に激しく憧れたが、そうか、この本を通して、シュタイナーさんが真のスピリチュアル霊学の授業をしてくれたではないか!と思いついた。








| | コメント (0)

«ヨーガと瞑想