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2010年12月31日 (金)

新しい年に向けて

  今年も残すところあと僅かとなりました。時間は幻想であり概念に過ぎないのかもしれませんが、もし人生に唯一真実があるとしたらそれは「死」であり、いつか死ぬときが私達に訪れることは絶対です。しかしそれは肉体の死であって、魂は永遠不変であると、古代からインドでは賢者達が伝えてきました。

 瞑想で純粋な意識の場を体験する時、肉体は完全に休息します。機敏さの中で安らぎと内なる至福に満たされ、静寂の中で意識だけが目覚めた状態になりますが、これは死の擬似体験なのかもしれません。死に直面するということは、生をそれまでになく感じることになります。身近な人、親兄弟友人の死もまた「生きる」ことに強烈に向き合うきっかけになります。

自分は何のために生まれてきたのか、なぜ人は逃れない苦しみの中(生・老・病・別・離・死)生きているのか・・だれしも一度はこの素朴な疑問を抱くとは思います。けれども日常生活の中でいつしか紛らわされて、強烈に死を意識することもない代わりに、生もまたなんとなくぼんやりとして、時間と苦しみのやりくりに終至し、感覚を麻痺させることで生命を消耗するゲームをゲームとも思わずに、寿命がつきるまで,繰り返すほかないのでしょうか。これを牢獄と表現する文章に出会ったときに私は、なるほどと腑に落ち、心から納得しました。そして、世界が牢獄であっても、内なる心の平安は誰にも壊すことができない、ということも瞑想を通して体験していました。

 この世界には表にはでていない隠された叡智があります。中でも古代インドのヴェーダの一部門であるジョーティシュは、時の科学として人生を悔いなく生き、そして死ぬための叡智の宝庫です。生と死の素朴な疑問をずっと持ち続けている人、そこからの解放こそが人生の唯一の目的だと感じる人をこの智慧は求めています。そのような人々の助けとなる恩寵の橋渡しとなることが私達の使命です。

 私は21年前から、瞑想を続け、数年前からはチャクラ瞑想や呼吸観察などの伝統的でシンプルな瞑想法をヨーガ体操、呼吸法とともにお伝えしています。瞑想というと特定の宗教と結び付けられがちなため、なかなか一般的な理解を得るのは難しい面もありましたが、最近のヨガブームと持続可能な社会のためのLOHASの普及により、古代の叡智が現代に受け入れられ、純粋な健康法として紹介することができるようなり、すでに誤解を恐れている時代ではなくなりました。

たとえ、誤解があったとしても、恐れず強さを培っていきたいと思います。ジョーティシュを学ぶと、すべては因果律であり、人間関係における誤解などの悲しみや苦しみもまた、カルマの解消であることが理解できるからです。

新しい時代へとシフトする今、まさに2011年はそのカウントダウンの最終章であり、最高度の情報化社会のめまぐるしいスピードとストレスの中で、,内なる安らぎの場から離れがちな今こそ、究極の安らぎ、万物の源に達していくことが求められています。

そして、聖なる存在と繋がるワンネス・ブレッシング(ワンネス・ディクシャ、エネルギーの伝達)は数ある瞑想の中でも素晴しい応用編、上級テクニックであると私は感じています。瞑想はあくまで自分の内面の旅ですが、ワンネス・ブレッシングは熱心に目の前の人、他人を気遣うことです。またの機会にこちらは、ご紹介していきたいと思います。

サットチットアーナンダ
新しい年にすべての生命に平安がありますように。

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