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2011年2月17日 (木)

真に生きるとは?

ONENESS ON THE EARTH VOL.1&2

南インドに実在し、インド国内のみならず世界中に賛同者を増やしながら、多くの人を苦しみから解放し続けている現役の指導者カルキ・バガヴァン。2005年に刊行され、新しい時代を開く叡智とその手法であるディクシャが紹介されました。薄い本ですが、非常に深遠な叡智と、インドの賢人の教えに覚えのある人には、えっとのけぞってしまうような(笑)ある意味革命的かつ衝撃的な内容であると言っても過言ではないと思います。

私が知人の紹介で夫とともに、縁あって南インドの素朴な田舎町、サティヤローカでバガヴァンにお会いし、来るべき「ワンネスムーブメント」の片鱗に触れたのは遡って2000年末、それは「信じる」ものでも、頭で理解するものでもなく、個人的な根源からの苦しみ、孤独さ、悲しみに向き合うことから始まり、徐々にプロセスが進行していきました。

たくさんの学びと体験が必要だったようで、私がそれをガイドできるようになるには、11年もの時間が必要でしたが、やっと、そのときがめぐってきたように思う今日この頃です。

 悟りというと、大げさで、宗教めいていて、全く自分と縁のない遠いことに思っていましたが、バガヴァンのいう悟りは、自然な状態を生きている人間、真に生きている人間をさしています。

VOL.1より抜粋

「苦しみは恩寵です。なぜならそこから人は悟りを求めはじめることができるからです。

何かを見る時に介入なくして見れる状態、それがムクティ(悟り)です。

何かを聞いている時にマインド(思考、思考パターン)の介入なくして聞いている状態、それを悟りといいます。

同じように匂いをかぐことも、触れることも、さらには考えることにさえも同じことが言えます。

実際、考えに対しても巻き込まれずにそれを観察している状態があります。

真に生きている、と言えるのはそういった状態の人です。

逆にマインドのコントロール下に置かれている人は生きているとは言えません。

マインドの介入の無い状態の人こそ本当に生きていると言えるのです。

人々が「生きる目的とは何でしょう」と質問することがありますが、私の答えはこうです。

「もしあなたが本当に生きているとしたら、その質問は出てきません。生きる目的は生きることです。」

その意味は、感覚(五感)が生きる、と言う意味です。感覚(五感)がマインドから独立して自由になっていなければなりません。

完全な感覚の解放、マインドのコントロールからの解放です。

皆さんはたえず五感を通して現実を知覚していますが、現状ではそれを全く体験できていません。

どんなデータが入ってきても、常に解釈を加えながらコメントしているだけです。

木を見ながらこれは大きい木だ、小さい木だ、緑の木だ、マンゴーの木だ、といいながらたえず木に対してコメントしているだけです。

たとえば座ってご飯を食べるときでも、会社のことを考え始めます。そして家族のことを考えたり、食べ物自体に対するコメントを繰り返しているばかりで、食べ物を体験していません。

それだからこそ物事を体験したときにはそれこそが至福の体験になります。

必要なとき以外は、考えが私達の人生の現実体験に介入する必要はないのです。

感覚(五感)が考えやマインドのコントロールから自由になったときこそ、私達は無条件の喜び、無条件の愛を発見できます。

そしてその喜びの中ですべての人とつながっている感覚を体験します。

その中で真の愛を発見しますが、真の愛と喜びは別々のものではなく、全く同じひとつのものです。

そしてそれは自然に起こるものです。私達はもともとそのように設計されています。

人間は絶えずそれを体験できるようにできているのです。

しかしそれが絶えず体験できないために、人生がとてもつらいものになってしまっています。

そしてその苦しみを避けるために様々な逃避ルートを作り出しています。

その苦しみというのは、現実を体験していないことからきています。

その逃避ルートとしてお酒やドラッグや性行為に走っているわけです。」

「悟りの状態とは、私達が自力で達成できるものではなく、高次の次元からの働きかけによって、ハプニングとして与えられるべきものなのです。

今までも多くの人々が(仏陀・キリストなど)悟りを得てきましたが、すべてその状態を与えられてきただけです。」fullmoon

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