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2017年4月30日 (日)

ハリ・ダーニヤー(パクチー)

パクチーが畑で自生してくれるのは非常に嬉しいけど、1人で食べきれず困っている。今の季節花が咲き始めると茎が硬くなってしまい風味が落ちてしまう。
保存食を伊藤武先生がコラムに書いておられたのを忘備録かねて転載。

〜Yaj 2017 3月
メーリングリストより転載〜
伊藤武コラム【パクチー・マニア】

ドクダミとカメムシを混ぜ合わせたような強烈な臭い。香菜(コリアンダーの葉っぱ)は、タイ語の“パクチー”の名で今ではすっかりお馴染みに……あらら、「ちょこっとサンスクリット」と同じ出だしになってしまいました。
香菜の初体験は、忘れもしません、1979年、インドに行く前に立ち寄ったタイでのこと。名物のトムヤムにもバーミナーン(ラーメン)にでも、なんにでも入っている。セリやセロリをうんと野性的にしたような感じ。抵抗はありませんでしたが、パクチーという名はもちろんのこと、コリアンダーという名すら知りませんでした。当時、日本ではほとんど知られていなかった、ということです。
インドに行っても、パクチー、いやダーニヤーは、おおかたの料理に入っている。インドに長居するうちにすっかり慣らされてしまい、日本に帰ってからは、手に入らないため、ずいぶんと淋しい思いをしました。
それが、今ではスーパーにも売っていますし、パクチー・マニアという言葉もあるほどですから、隔世の感を禁じえません。

もっとも、日本人が、長い歴史のなかで香菜をまったく知らなかった、というわけではありません。10世紀前半に成立した『延喜式』と『和名抄』に、生魚を食べるさいに必ず添えられる薬味として胡荽(「こすい」または「こにし」、香菜の古名)があげられています。江戸末期には、当時発明されたばかりの握りずしにも香菜が添えられていました。魚の毒消しの効が期待されたのでしょうね。
のちにこの役割はワサビに取って代わられ、日本料理における香菜は淘汰されてしまいます。
その香菜が最近になって再び注目を浴びるようになったのは、アジアの料理が身近になっただけではない。現代の生活において、身体がそれを求めているからではないでしょうか?
ネットで調べてみると、香菜にはさまざまな薬効があるようですが、なかでも注目すべきは、デトックス(毒出し)効果。環境汚染にともない、われわれの身体に蓄積する鉛や水銀やカドミニウムなどの重金属もすみやかに排出してくれるとか。
抗酸化作用も著しい。活性酸素はDNAを傷つけ、結果的にガンや糖尿病、動脈硬化などの疾病、しみ、しわ、そして老化を招く。それを防いでくれる。
各種ビタミン類も豊富ですから、アンチエイジング、強精、美容の強い味方ということになります。
嫌いな人には申し訳ないが、食べなきゃ損といっていいくらい。

香菜は好きな人にはどう食べてもおいしいのですが、わたしがよくやる食べ方を2、3紹介しましょう。
○カルパッチョ:平安時代の生魚の料理に香菜が用いられていたという。刺身(さしみ)と言葉が初めて現われるのは室町時代ですから、この場合の「生魚の料理」とは膾(なます)のこと。カルパッチョの親戚みたいなものです。生魚やタコを薄く切り、柑橘の汁、オリーブ油、塩、ニンニクでマリネし、いただくときに香菜を散らす。
○チャトニ:香菜、ミント、レモン汁、青トウガラシ、塩をペーストにし、揚げものなどのソースにする。香菜とミントは、味の上でも薬効の上でもたいへん相性がよく、インドでも人気のチャトニです。ミントはヒンディー語でプディーナー(pudīnā)ですが、このプディーナーはじつは日本のハッカが起源。日本ミント(ハッカ)が1962年にインドに導入され、以後ひろく栽培されるようになりました。
○五香辣油(台湾の調味油):香菜、ニンニク、ショウガ、青トウガラシ(または山椒の実)、八角(またはキャラウェイ)—
—これらを刻んで、ゴマ油、焼酎、酢(または梅酢)に漬け込む。香菜の難点はいたみやすいこと。が、これなら、保存がききます。
ラーメン、冷やし中華、ギョウザなどにたっぷりとふりかけます。


伊藤武ちょこっとサンスクリット【ダーニヤー dhānyā धान्या】

ドクダミとカメムシを混ぜ合わせたような強烈な臭い。
香菜(コリアンダーの葉っぱ)は、タイ語の“パクチー”の名で今ではすっかりお馴染みになりましたが、20世紀にアジアを旅した日本人にとって、避けては通れぬカルチュアショックの〈におい〉でした。
ナンプラーとニンニクとパクチーがねっとりとまつわりついてくるタイの〈におい〉、カレーとダールとハリ・ダーニヤー(香菜)が灼熱に炙られるインドの〈におい〉、カバーブとヨーグルトとクズバラ(香菜)がアザーン(大音響で流される礼拝への呼びかけ)とともに沁みこんでくるアラブの〈におい〉……安宿に棲みつくナンキンムシを潰したときに嗅ぐ痒い痒い〈におい〉にも似ています。
旅のベテランでも「なんでも食べられるが香菜だけはダメ」という人が多いのですが、幸いわたしはすぐに慣れました。いったん馴染むとなんにでも、こいつを入れたくなってしまいます。アクのつよさが心の襞に染みついて離れぬうまさに変わります。カレーの仕上げに香菜を振りかけないと、
インドカレー独特の風味が出ない。ラーメンにも香菜が入っていないと、面白みがない。

香菜は、サンスクリットではダーニヤー(dhānyā)。注意していただきたいのは、語尾が「ヤー」と長母音になっていること。短くダーニヤだと、別のものになってしまいます。
ダーニヤ、そしてダーニヤーは、√dhā(置く/据える)に派生する語で、「食の中心に据えられたもの」。
中性名詞のダーニヤ(dhānyam)は、主食である「穀物」をさします。dhānya-rājaḥ(穀物の王)といえば、ヴェーダ時代の主食のオオムギ、dhānya-uttamaḥ(最上の穀物)となればコメ。
また、ダーニヤの前に芒(のぎ)をあらわすシューカをつけてśūka-dhānyamとすれば、コメやムギなどのイネ科の穀物。莢(さや)
をあらわすシャーミをつけてśāmi-dhānyamとすれば、豆類の意味になります。
コリアンダーのことを“ダーニヤ”と云わないこともないのですが、その場合は「種子」(bīja)に限定されます。コリアンダーの種子は、葉からは想像もつかない甘いオレンジ畑の匂い。じっくり煮込むタイプのカレーをつくるときは、他のスパイスとともにひき潰したコリアンダーの種子をたっぷりと加えます。すると、タマネギと結びついて、うまみととろみになるのです。
けれども、葉っぱをいうときは、女性名詞の“ダーニヤー”にしなければなりません。「緑」をあらわすハリを冠して、hari-dhānyāと呼ぶこともあります。
植物をあらわす名詞は、木は男性、草は女性、花や種子や果実は中性が原則です。木であっても、その葉をしめすときは、女性になります。
ここらへんのセンスはなかなかわかりづらいのですが、ヒマラヤ(Himālayaḥ)などの山の名のほとんど(例外もある)が男性、ガンガー(Gaṅgā)などの川の名のほとんどが女性であることを考えると——
動かないものが男性で、動くものが女性。草や葉は風に吹かれて動くから女性、木は動かないから男性ということなのでしょう。

コリアンダーは、地中海地方が原産のセリ科植物ですが、考古学的遺物から、インダス文明時代にすでにインドに入っていたと考えられます。
そして、コリアンダーが、サンスクリットで穀物や豆とともに「食の中心に据えられたもの」とよばれて、主食扱いされてきたことが興味深い。
最近、日本でも、デトックス効果や老化防止効果など香菜の薬効が云々(うんぬん)されるようになりましたが、古代インド人は、
そんなこと経験的に知っていたのでしょうね。


毎日パクチー山盛り


まいてもないのに出てきて
寒い冬も超えてくれる

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