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2017年8月31日 (木)

ダイナミック瞑想の前と後

高尾ダイナミック愛好会の後は、
その瞑想を考案したオショーの本を読む。体験あっての読書は生きた教えとなる。何せ膨大なる講話録があるのだ。

会の前はオショーの瞑想の
エッセンスの詰まった禅タロットで開示される気づきに黙想して
テーマを考える。

今はまだ会をオープンに公開して毎月参加者募集してるが、
この瞑想会の面白さに共鳴してくれる
レギュラーメンバーが増えて定員になったらイベントとしての告知をせずに
グループでやっていきたい。

それまでは毎回、禅タロットの意味するところとリーディングの勉強兼ねてテーマを決めてイベント形式で告知していこうと思う。

3時間の瞑想会の中では
たくさんの技法を組み合わせた
充実した内容で心身のリセット
半端ない。私も共催の方もたくさん、
このジャンルをライフワークとして学んできているプロの瞑想指導者だが、
千円という場所代のみの参加費で
シェアしているのは
お金に変えられない瞑想の体験と理解を深められて余りあるものがあるのと
、内容はディープでも間口は広く
気軽に体験してもらいたいからだ。

ジャンルを超えたダンスフリークと
瞑想的に歌って踊ることに
関心ある方、
人生をエンジョイしていきたい方
どうぞご参加ください。

高尾ダイナミック愛好会FBページ

https://m.facebook.com/fullmoonmeditationparty/https://m.facebook.com/fullmoonmeditationparty/









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2017年8月30日 (水)

瞑想DJ

昨晩は高尾ダイナミック愛好会。
ダイナミック瞑想からのDJプレイでは皆踊り狂って最高。

これまで2年間やってきて試行錯誤多々あったが
3年目に入り、ますます気持ち良い瞑想としての歌い踊りになってきた。

思いきり心と体を動かしたあとのデス・メディテーションは
単なる死体のポーズではなく、深いレベルでのヨーガ、死から再生へと導かれる。

こんな面白くてディープな
3時間以上もあるプログラムが
千円でハーブティー飲み放題付きって
コスパ良すぎだが、
友人たちと楽しむパーティーなのだから会場費など必要経費が賄える分だけという共催の方の信念によるのだ。

レギュラーメンバー志望の方も少しづつ増えてきそうで嬉しい。
石の上にも三年、
継続するにはまず
自分が一番楽しむことだ。

高尾ダイナミック愛好会FBページ







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2017年8月29日 (火)

夜型の現代社会に、日の出前に起きてることは、最もアナーキーだと誰かが書いてた。
早起きにせよ徹夜にせよ
1日のうちで最も美しい時に眠って
いるのはもったいない。

昨日も朝5時前に高尾に出張アグニホートラしに行ったが、すでに中央線始発は動いていて、薄暗い中、駅に向かって歩いてる人たちとすれ違った。

出張先は東向きの朝日のあたるお店でアグニホートラと合わせてプラーナヤーマや、日の出拝みながらスーリヤナマスカーラなどヨーガも店主Aさんと一緒にやったり、一緒に店先に植えたホーリーバジルの収穫したり
神聖な時間に一緒に遊んでくれるAさんを神は使わせてくれたのだろうか。

さらにこの飽食の時代に
アナーキーというか進化系は、
ブレザリアンだ。

ダイナミック愛好会を
2年間欠かさず続けた自分への
ご褒美と息子との子離れ親離れ記念にになんとなく直感で参加したに
過ぎなかったが、
10年前にジャスムヒーンさんの本を読んでからの、魂のブループリント計画だったと思う。

これまでの変化として
プラーナを主食と意図することで
物理的な炭水化物の必要が減った。

それまで大量摂取してた
乳製品もたまに息子に付き合ってアイスクリーム食べる以外、ほとんどとらなくなった。

スナック菓子は食べなくなった。
バイキングレストランにも
息子とたまにいくが、食べることを
楽しみつつも以前のような
渇望感はなくなってきたが
エスニックな料理やその香りは今も大好物である。

義務で食事の支度をする必要が
なくなった分、料理することが純粋に楽しめるようになった。

純粋に食べることを(食べないことも)
楽しめるようになった。

ヴェジタリアン、特にヴィーガンやローフードはブレサリアン(呼吸食)
とグルメ(美食家)の間を繋いで
食の喜びを与えてくれるようだ。

体重は2-3キロ減ったに過ぎないが、
急激に減るとリバウンド必至なので
半年か1年くらいかけて身も心も
軽くなっていったらいいなと思う。

消化に使われるエネルギーが減って
おなかの不快感がなくなり
ヨーガアーサナや
走るのもかなりラクになった。

食べるために仕事をしていたのが
食費が十分の1に減ったことで
本当に好きなこと やりたいこと
に時間を使いたいと
思えるようになった。

以前は早起きのために早く寝る必要があったが、
夜遅くても短時間の睡眠で朝
日の出前にめざましなしで起きれる
ようになった。

ジャスムヒーンさんはたべものだけでなく、人類のあらゆる飢えからの解放について書かれているが、

先日、以前、シリーズを読んでいた無明庵EOの編集者?であるSさんが3月に他界されたのを知った。

最後に伝えたい言葉がサイトに載っていたのだが「どこまで行っても飢え
云々」でズッコケてしまった。

このシリーズを読破したのはちょうど
2004-5年頃だったか
出版元の中野ブロードウェイのまんだらけにまとめて買いに行ったのを覚えている。

そのころ日本では人類の次元上昇であるアセンションや、その流れの一つとしてワンネスブームも起きていたが、私はかえって自己の錯覚による分離感やマインドに苦しむ羽目になっていた。

無明庵EOシリーズのネガティヴで精神世界への皮肉タップリ、人間であることの絶望感に引きつりながら笑うような内容は、
毒をもって毒を制すブラックユーモア的面白さがあり
仲良しグループのワンネスよりも孤独な自分に合っていた。

しかし次第に本来の志向とこれらの本の影響で鬱や虚無感、この宇宙から金輪際消えて無くなりたい感が大きくなってしまった。
それは著者の意図するところだ。

どん底の絶望感から一か八かの賭けで、一筋の光明に至ったEOの覚醒への道は、万人向けではなく、ごく少数の人向けと断ってるとおり、
人間関係断ち切った修行者ならまだしも、
まだ小さい子供を健全に育て
明るい前向きな気持ちで仕事に子育てに邁進すべき時期に
厭世観に浸って
廃人化してしまっていたのである。

そういう精神状態だったからこそ
EOがコケにしてたOSHOの講話集を
読みこんでいく伏線になった。

どんなに回り道しても人生に無駄はないが、、
今となっては飢えから解放されていく道と対照的な故人の言葉に、ズッコけ
苦笑できたことに感謝が湧いてきた。


























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2017年8月25日 (金)

【神々の食べ物/ジャスムヒーン】の中でクリヤヨガについて書いてる箇所があり、あるヨギの自叙伝を読み返してた流れで昨日、通信教育をアメリカの本部に申し込んだ。

受講費用は必要経費のみで
お金ではなく継続できる
熱意が必要なようだ。

元々あるヨギの自叙伝は夫の愛読本なので、申し込んだ旨伝えたら、
感心されるかと思いきや
あれこれやらないで一つの瞑想を極めたら、と元TM瞑想の教師としては、当然のセリフだったのだろうが、言われて心外だった。

TM瞑想の上級のプログラムは、
パタンジャリのヨーガスートラを純粋意識の中でリサーチするシディというテクニックで、受講するのにはTM瞑想を最低でも規則的に半年以上だかやって、
通いと集中した2週間もの合宿で構成されてるので
全てマスターするのに1年くらいかかったような記憶がある。

受講費用も、本気度を試されるというか、当時20代前半でアルバイト生活の私には相当ハードルの高い金額だったが、かなり無理強いし、熱望して受講した。
1994、5年ころ世間ではO教団の事件でヨーガが肩身が狭かったころだ。
当時は新宿の薄暗いアパートに一人暮らしだったが会場が近かったのでアルバイトの合間を縫って自転車で10分もしない距離だった。

その後数年TMシディプログラムを人生の最優先事項にすえて、熱心にフルプログラムを実習した。
瞑想前のアーサナの時間抜いても1時間半はかかるので朝夕で3時間以上を
一人瞑想に取り組んでいた。

それだけの時間を今は持てないが、
できる範囲で続け、世界平和のためのルート1%効果を信じて、毎月仲間とグループ実習もやっている。

が、今はもっとシンプルに自由に、
日の出と日の入りにただ座り、時間を忘れて、一体となっていくアグニホートラが、自分にとっては一番合ってる。

あれこれ中途半端なのは論外だが、一つのテクニックに固執することなく、役立テクニックを補足したり連動したり、バリエーション豊かに楽しめばいいと思ってる。

オショーのダイナミック瞑想会も月一で3年目、マルマヨーガやチベット体操も実習してるし、ワンネスディークシャのインストラクターとしても日々日常生活で内観をしたりチャクラ瞑想もやっている。

確かにそれぞれバラバラに
取り組んでたころは、ヨーガという名の元で振り幅広く、分断されていたが

後期密教の時代に各種のヨーガをミクスチャーし、ハタヨーガを創始したゴーラクシャの存在を伊藤武先生の講座で知ってから、統合する方向にいった。

一つを継続して極めるのはもちろん大事だが、
幅を広く様々な次元の教えや先生に出会って、自分なりのヨーガというのを見つけるプロセスに今自分はいるのだろう。

TMシディの合宿では奥義を学ぶ気合の入ったヨーギンたちが集まるかと思いきや、
良くも悪くも全くもってそんな雰囲気はなく、私含めて普通の一般市民ばかりで肩透かしだった。

合宿中に食欲が普段より出て
食事の時に大食らいになってることを担当の先生に言ったら、ちょっと考え込まれてしまった。
今だったら、内臓を休めて瞑想にエネルギー注げるよう断食して臨むくらいでちょうどよかったのだと思うが
そんな考えには程遠かった。

そんな感じでTM瞑想通してヨーガに入門して以来、それ以前子供の時ヨーガという概念を知る前からサマディの体験をしていたが、

全ては【聖なる栄養につながる プラーナで生きるという】魂の青写真の実現のために一本の貫く見えない糸、意図によって全て有機的に繋がっていき、

全てはそれに役立つか否かという
全く個人的な判断基準となり迷いが
なくなってきた。








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2017年8月24日 (木)

スピリチュアル・アビュース(虐待)

昨日たまたま行った
図書館の新刊コーナーに
「カルト宗教事件の深層/
藤田庄市著」という新しい本があった。
以前から調査してる分野なので
最新情報に触れるべく借りてみた。

昨日書いた、スピリチュアル・ビジネスどころではない、桁はずれのスピリチュアル・アビュース(霊的虐待)の事例のオンパレード、全てノンフィクションな霊的虐待の数々。
ページをめくるのが恐ろしい事例ばかりだ。

似て非なるとはいえども
同じヨガをやってる者としてはO教団の真面目な元幹部には関心あるし、ミュージシャンToshil氏の【洗脳】も出てすぐ読んだが
玉石混交のスピリチュアルな世界においてで、
まさにToshil氏の受けた被害は最低最悪だと怒りに燃えてしまう。が、冷静になってこれを反面教師とさせてもらうしかあるまい。

ちょうど「あるヨギの自叙伝」
もここのところ読み返してたので
スピリチュアル本の珠玉を並行できてこの世界への嫌悪感だけで終わらず済んだ。

スピリチュアルに限らず最高と最低がごった煮で共存している世界で
生きているんだと改めて思う。

泥水から茎を伸ばして清純な花を咲かせる蓮の花はまさにこの世の象徴だ。



日々断片的に浮かんでくる事を、読み手のことを考えずに思うままに書いてる。推敲もしない文章をブログに書いて、実際に知人に読まれると恥ずかしいものだ。

あるヨギの自叙伝011ka-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=4627999313&linkId=3b3c5836e29d4500fd67f5ce693d86d9">

カルト宗教事件の深層
藤田庄市
http://amzn.to/2isNnQG

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2017年8月23日 (水)

スピリチュアルな支払い

仕事の対価で生計立てられることが
プロだというなら
ジョーティシュとアーユルヴェーダの知識とヨーガの実践を元に
宝石の選定、装身具へのデザイン、納品時のプージャ、瞑想法のご指導まで担当し、代金以上のものを提供するよう全力で最善を尽くしてるlaxmi ltd.における私の宝石療法の仕事はプロだといえるだろう。

だが、お金を一銭も貰わない人が
プロじゃないとも言えまい。
例えばアマチはお金をとって瞑想を
教えたりはしないが、
生きたホンモノのカルマヨーガの教師だ。

アグニホートラも全て無償で行い
聖灰は必要とする人にお分けするのが
先生との約束であり、

ワンネス寺院もスピリチュアルと利益追求金儲け主義なビジネスは相容れないというのが本来のコンセプトだが、
地球規模のプロジェクトのためか
いまや相当、インドの外国人向けコースは高額となっている。

私は初期のコースに無料で参加した上に、その後もほとんどお金を払うことなくたくさんのことを学び、仕事場件住まいを奇跡的に現実化していただいたのだから、その報いとして人の3倍無償で働くのは当然だと言える。

スピ系の胡散臭いところは
必要経費を賄う以上の
高額でビジネス的な拝金主義を
正当化してる人たちだ。

スピリチュアルに金額はつけられない
プライスレスなのをいいことに
罪悪感が麻痺してるのだろうか。
金銭の奴隷となって
依存関係に陥ってるなら そこから自由になる本物の霊性開発からすると
本末転倒である
大金取るなら全て人類に貢献するために有効に利用されるのみだと思う。

自分が習得したり学ぶのに大金投入してるので、元を取るために
高額設定せざるを得ない悪循環があるのだ。

学ぶ側からすると、無料のものは価値がなく高いほど価値があるような錯覚に陥ってたり
(これはダイヤモンドに世界的な価値を一定させてる企業の思惑や、頻繁にテレビCMで流れる企業の製品に信用してしまうのとと同類だ)

払った分だけだ貰うというのは
この3次元世界においては自然法則
なので、支払って貰うのはその人のためというのも真実である。

しかし真の先生は金銭としてだけでなくその人の熱意を最大の支払として
認めたのではないだろうか?

【あるヨギの自叙伝】にはそんなエピソードがたくさん出てきて面白い。
















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2017年8月18日 (金)

子育てとリスニング瞑想

昨日は息子の幼児園時代から、
最近は瞑想会でもお世話になってるIさんのお誘いで、元不登校&引きこもりだった浅見直輝さんのお話会に行ってきた。
当事者だった子供の立場から親に向けてのお話は、不登校で悩んでなくともはっとさせられるものがあり、
悩んでる方には浅見さんご自身が希望の星となるだろう。

学校に行かない子供が、天気の良い日も家にずっとこもっていると、親は不安と焦燥感にさいなまされるものだ。

不登校・引きこもりだろうと
【健全な生活スタイルだったら】
という条件つきで問題ないと個人的には思っている。

問題になるのは、心も体も成長する時期に、昼夜逆転でゲーム漬けで運動不足になることだ。

今は一人でネットゲームにハマるケースが多いと思うが、
子供が麻薬中毒と同じ精神状態になるのは、
大人になったときにも依存症になる下地を作り百害あるので断固反対したい。
そうならないようにするのが最低限の
親の役目だと思うが、難しい時代だと思う。

息子が小学校4年で登校を嫌がったとき、担任とも相談して思い切って2週間ほどだったか、通ってた地元の小学校を休ませたことがある。

ピンチはチャンスだと
朝、お日様を浴びながら一緒に
散歩やヨーガ体操をしたり
こんな時間のあるときこそと
家庭科として料理洗濯家事一般を
少し早くても将来独り立ちしたときに
役立つようにとじっくり教えた。

ゲームをしたいなら一人でオンラインにつながるのではなく、息子に教えてもらってゲーム苦手でも私も一緒にやるようにしたり、画面を見ながら
洗濯物たたんだりして会話をするようにした。

関心持てそうな図鑑や本を図書館に探しに行き、
お仕着せで学校で学んでた時よりも、自発的な好奇心が満たされるよう工夫した。

普段学校があれば
行けないようなところに行ったり
有意義な時間を過ごすよう
自分も楽しんだ。

漫画も手塚治虫の長編ものからガラスの仮面やキャンディキャンディなど、私が小中時代に読んでた漫画も、さりげなく置いておいた。

時間のたっぷりある息子は
暇にまかせて読破し、中3の今でも共通の漫画のネタで笑えるのは愉快なことだ。

私が家でできる仕事をしてたから
可能なことだが、それとともに
親子のコミュニケーションのための
知識と瞑想を学んでいたことが、
とても役立った。

南インドのワンネス寺院の親のための
霊的な学びは、知識だけでなく体験が伴う生きた教えで役立つことがたくさんあった。

霊的ななどというと怪しく、
拒否反応でるのも無理はないが
どんなものだったか、かいつまんで紹介したい。

まず第一には親である自分の人生を振り返り、心の傷や恐れに気づいて浄化、癒しておくことだった。

そうでなければ、それらは無意識から子供に投影される。
しかし【気づき】は負の連鎖を断ち切ることができる。

次に大事なのが話を聞く技術。
リスニング瞑想を学び実践することだった。

子供とのコミュニケーションは小さいうちはおんぶに抱っこの触れ合いだが
成長とともに話を聞くことになっていく。
リスニングを瞑想にしていく技術がある。

真に傾聴する、耳を傾けるというのは、自分自身を受け入れ、
また相手も受け入れる調和されたワンネスの意識状態で起こる瞑想的なことなのだが、

これが自然にできる人は、
すでに仏陀の如く悟りを開いてる人で、
通常は自転車に乗ったり水泳を習うのと同様にコツを学び日々練習する必要があるということを私は初めて知った。

私たちは聞いていないことすら、
気づいていない。

聞いてるつもりが雑念にとらわれてたり、他のことや、反論 、次に何言おうかと考えてたり
ジャッジしていたりする。
特に親は子供に対してそれが顕著に露骨になる。

それを敏感に感じた子供は徐々に、
頭ごなしに否定された子供は一切親に口をきかなくなる。
または
本当のことは言わなくなるのは自然なことだ。

私自身が親に対してそうだったので、このリスニング瞑想の技術を学んだことは自分の癒しにもなり
息子と良い関係を築いていくのに不可欠な基礎となった。

年齢ごとの親の子供への接し方も役立つ知識だ。
赤ん坊のころと十代とではもちろん異なるが、
霊的な学びではお腹に宿る前から始まる。
やがて子供が成人したときに、
いい友達になれるような人間関係を作っていくのがのがこの教えの子育ての目的(ゴール)の一つだという。

息子は今14歳で、成人に至るまで道半ばであり、私もこれらをお伝えする資格をもってはいても、
子育てを終えた経験者として教える立場にないし、そもそも
一人一人が自分に、また子供と向き合って見つけていくことだが、
知識や経験は分かち合うことで深まる。
リスニング瞑想は親子だけでなく
夫婦にも人間関係全部に役立つので、関心ある方は、グループで また個人でもシェア&勉強会のような感じでできればと思います
ぜひご一報ください。


鹿児島中央駅近くにて白虎の親子










































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2017年8月17日 (木)

Needs

アグニホートラ瞑想
ダイナミック&歌い踊り瞑想
マルマヨーガ
そして最近の
Living on Prana-プラーナで生きること、、、

どれも私にとっては
それぞれが大好き&有機的に関連しているとても奥深いヨーガの研究テーマで、自分のために日々取り組んでることだけど、
なんて世間一般的にニーズがないんだろうか。
もっとそれは面白い!と分かってくれる人が地元にいると思ってたので肩透かしなのである。

(それぞれフェイスブックにページを作ったがアグニホートラはインド人がたくさん入ってくれてるがそれ以外は少な、、)

道無き道を歩む魂の青写真の
人生だと自覚はして
海の底では繋がってる安心感はあっても
疎外感と孤独感はデフォルトなのだ。

減量 ダイエット 美容 若返り 健康増進というのはあくまでプラーナ操作のヨーガの【副産物】であって、
それを目的にしてやると最初はモチベーションは上がるメリットがあっても
結果的に執着になり本末転倒になって
新たな生き地獄に陥るだけなんだけど
目先のことだけ、表面的なことだけで
だれもそこまで考えてないのだが
死とともに置いていくものに執着するのはバカバカしい。

それを周知した上で、
肉体という精緻な楽器のコンディションを最高に高めることで精神的にも良い影響で、残りの地球上での人生を積極的に前向きにエンジョイする、
心身の基礎を築こうとするなら、ヨーガは大いに役立つことは間違いない。

そういった意味でのヨーガ教室、
実際に減量や若返りの結果も出せる教室だったらやる意味もあると思う。

BGM
yoji biomehanika-Needs

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2017年8月14日 (月)

インドとローフード

欧米発のローフードとインドは一見関連なさそうだが
安全に100%プラーナ摂取になる前段階として果物だけ摂取するフルータリアン、水だけのリキッダリアンというプロセスがあるので、

あるヨギの自叙伝に出てくるような
インドの不食のアセンドマスターとも実は大いに関連するトピックなのだ。

最近、物理的な食物を食べるのはかなり減ったが、そのぶん俄然ロー・ヴィーガン かつリヴィングフード(発酵食を取り入れた生菜食 )の料理が楽しくなってきた。

先日思い切ってミルサーを購入して
鹿児島で購入した生ピーナッツにバジルやディルやら混ぜ込んだマヨネーズ風ディップを作ったが、塩分控えめでも感動的に美味しかった。

毎年パクチーはじめハーブの大量の収穫物の利用に悩んできたのもこれで解決できそうである。

10年以上前に一度息子のアレルギー対策で最新の酵素栄養学は学んでいたが、改善してからは、畑で新鮮な野菜を調達できるようになり、
身土不二を無視した欧米発のローフードよりも日本人なら和食。
ホカホカご飯に味噌汁、とれたて野菜でシンプルなおかずや漬物がやっぱり簡単で一番。オニギリ万歳
漬物万歳 瑞穂の民に生まれてよかったと、ごはん山盛りに、
たまにバイキングやエスニック料理を
食べ盛りの息子と外食するのが楽しみだったが、この4-5年そんな生活で体は膨張していく一方だったのだ。

あれだけ忌み嫌だった中年太りをダボダボな男物の服で覆い隠して体重計は怖くて乗れないという体たらく。

改めて飽食の時代を満喫できることに感謝しつつローヴィーガンなどと縛り(制限)がある方が、料理の創造性が高まるというのもこれまたパラドックスだが俳句などもしかりではないだろうか。

菜食というと意識高い系などと揶揄されたり、
好き嫌いせず何でも食べるようにと戦後の食糧難の時代の飢餓感がベースにある世代の親からは、全く理解されない。
人は自分の制限された価値観で人をジャッジする。
食べない人は、食べるも食べないも選択の自由だと分かっているが、
食べる人は食べない人に対して非難する傾向があると思う。

私は肉食な親の元で、子供の頃から重度の皮膚炎に苦しんだ。
爛れたアトピー性皮膚炎の原因が肉や魚を私の内臓は消化できずに毒素となって皮膚から膿んで排出されていたなどと教えてくれるひとはいなかった。

けれども今は親に世話にならずに自立してるのだから、
摂取したものが体を作り、心にも影響することを誰にはばかることなく遠慮することなく、人体実験して自分のため家族のため料理も楽しんでいきたい。




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2017年8月12日 (土)

プラーナという糸で連なる首飾り

ヨーガを体現している
実際にそれを生きてる人は説得力がある。

これまでの人生でそう思える人に実際に会ったのは45年生きて来て
一人しかいなかった

(私が18歳の時TM瞑想の個人指導をしてもらった先生はまだ20代だったと思われるがそうだった)

雰囲気に声に表情に全てが一目瞭然だった。

女性でそう思えた初めての人物が
ジャスムヒーンさんだったと言える。

写真だけだったら
あるヨギの自叙伝の
アーナンダモイマーさんが
そうかもだが
実際に会って感じた訳ではない。


人間は老いて死んでいく一方と、
地球環境破壊の進む狂った世界で生きる意味が全く分からなかった15、6歳の頃の自分へのアンサーは内側にあった。

プラーナ栄養摂取に移行したからこそ
料理も楽しいとは、なんというパラドックスだろう。

誰かが金八先生よろしく言ってた。

♪人は悲しみが多いほど人に優しくできる♪と

人生は矛盾に満ちた不可思議なパラドックスだ。

ここ10年来の欧米発 の
ローフードの流行とヨーガが
クロスしていたのには
インド系ヨーガの人には軽薄すぎるしアーユルヴェーダは古典では肉食ありの加熱食推奨でなので敬遠する人も多かったと思う。
しかし今!は21世紀。

私はこれまで古ければ古いほど
普遍の知識で信用に値すると
アーユルヴェーダを実践していた。

息子のアレルギー改善のために酵素
栄養学を学んで
生で食べることや食べ合わせを
取り入れつつも基本はアーユルヴェーダだった。

しかし、アーユルヴェーダを長年実践してる人で、外見で私を納得させてくれる人にはついぞ出会えないのである。

中年移行、速度は遅くとも老化も人並み 白髪に薄毛 しわしみ インドの御婦人のようにでっぷり肥え出す。

私も一時期は太めでも豊穣なインド人みたいで喜ばしいと思ってたが、今はそうは思わない。

肉感的な太い体に美しい布が巻きつくゴージャスなインド系ファッションにも憧れたが本来の自分はもっとシャープでパンキッシュなスタイルが好きなのだ。

アーユルヴェーダとヨーガは
同じインドの知識から生まれた姉妹とはいえどもよって立つ場所が、
目指すところがオクターブ異なるから
混同してはならない。

私は姉がいて全くタイプは違うため
子供の頃は比較され姉を羨むことも多かった。
今は仲はいいしお互いの良さを認め合って自分にないところで助け合いリスペクトしてる。
アーユルヴェーダとヨーガも本来そういう関係なのだと思う。

神と、無限と一体化したアーナンダ(至福)の状態。
溢れ出る愛の海に溺れながら、生死を超越するのがヨーガの究極であろうが、

アーユルヴェーダでは一般的な若返りや長寿法であってヨーガのような非社会的なことを目指してはいないのである。

それにしてもヨーガとアーユルヴェーダひとつ取ってもこうも異なる
事柄がプラーナという見えない糸で連なり、これまで混乱し絡まりがちだった一つ一つのパーツが
それぞれが輝きを補い合うのに
長い年月がかかった。
今後はこの美しい見えない宝石のネックレスを首にかけていこう。



























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2017年8月11日 (金)

味覚のリセット

アーユルヴェーダでは乳製品を
サットヴァ増す食品として勧めてるので、これまでヨーグルトにチーズにミルクティーにと消費量多く、近所のスーパーでチーズや生クリームの見切り品をハイエナの如く買い占めていたが、このひと月やめてみて無ければなくてもOK食べれば食べるほど
欲しくなるものだったようだ。

昨日久しぶりに松田麻美子先生の
【女性のためのナチュラルハイジーン】読みかえしたら
乳製品の取りすぎが婦人系のガンのリスクを増すデータがあり、
消化力と代謝の高い若い時ならいざ知らず、今後も同じペースで頻繁に乳製品とってたら、、と思ったらギリギリのところでプラーナ栄養にシフトできたことはお導き以外の何物でもない。

このひと月プラーナ生活に移行して食べる量は減っても塩分取りすぎの傾向があったことにも気づいた。
体重の増減が大きいのはどうも
塩分過剰で余計な水を体内に溜め込んでしまっていたようで
体がおもく頭も
スッキリしない理由が分かった。

これまたアーユルヴェーダでは岩塩をピッタの上がらない塩味として推奨しているのでかなり多用してたが
知識は知識として、自分の体の様子が
一番信頼できることに改めて思い知り、
過剰になった塩分排出のため脱塩実験
したら味覚がリセットされてきた。


秋めいてきたが朝顔が咲いている











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2017年8月 3日 (木)

フェイスブックページ

ジャスムヒーンさんワークショップから1ヶ月経ち食費が以前の10分の1に減って体重も減って身軽になってきた。

菜食よりもさらに変わり者度アップなので、同志に呼びかけるべくフェイスブックにページを作りました。

なんだかんだいって本業があるからこそ、それ以外の趣味と実益かねた研究ができ、それがまた仕事にも役立つよう、孤独だからこそ人間のありがたみも人一倍なのだと自分で自分を励ます今日この頃。

プラーナ生活友の会

八王子アグニホートラ瞑想センター

高尾ダイナミック愛好会

マルマヨーガ研究会

楽趣美 Laxmiltd.


雨の中咲いたムーンライト











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2017年8月 1日 (火)

Be here now!

今この瞬間が全て。
でも、、
楽しいだけじゃなくて
何か目的がないと10年20年と続かないのが人間なのだ

ヨーガや瞑想は健康にいいから
科学的データも出てるとはいっても
究極的には目的などなく
【今この瞬間】にフォーカスする
練習なので〇〇になりたいと思って
やること全てがナンセンスに
なりかねないんだけど
それと同時に矛盾しつつも
長期的な夢や目標があると
長続きするのではないだろうか。

ただ好きだからと
一人でやってきたことや
学んだこと全ては
プラーナで生きるという
魂の青写真に向かっていたのだと分かって、やっとこれでいいのだー!と
無性に嬉しいのだ。



















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