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2018年2月15日 (木)

入魂の弁当作り

最近のマイブームは弁当づくり(中学生の息子の)である。
しばらく給食があったのだが、費用の振込を忘れてしまったのがきっかけで弁当作りがやむなく再開されたのだ。

前の日からスーパーの朝一番にお買い得な食材を仕入れ、献立を考え調理し、弁当に詰め息子に持たせる全てのプロセスが楽しくてしょうがない。

給食は牛乳こみで三百円。八王子市の威信にかけて提供する、中学生男子でも全部平らげるのが大変なくらいボリューム満点で保温された弁当が届くのだそうだ。

昔と違い、中学校で弁当でも給食でも好きな方を選べる、というのは素晴らしい時代だが、和食だろうが組み合わせ無視で牛乳がつくのは相変わらずで、生徒の中では残す人も多いという。

廃棄が気になる。食料自給率は低いのだから、(牛の飼料もほとんど輸入だろう)コンポストにでもして、リサイクルしたらまだマシだが、、牛乳は捨てずにヨーグルトにするとか練乳にするとかできるよな〜などつい考えてしまう。

肉魚とボリュームで攻める給食以上に美味しくて、息子も満足し、金額も同程度に収まめつつ短時間で仕上げならなければならない。

ベジタリアンやローフードになったらかえって高くついたというのはよく聞く話だが、旬のものを取り入れて保存食と組み合わせれば工夫次第で対抗できる。

菜食を息子に押し付けるつもりはないが、家の台所--名付けてラクシュミーキッチンもしくは楽趣美飯店 。自分は家族専門の料理人なのだと思うと楽しい--では基本的には肉や魚は扱わない。(リクエストがあれば料理する)

有用なのは木綿豆腐を水切りしたものである。揚げだしにしたり、野菜など混ぜてハンバーグにしたり、餃子にしたりと駆使できる。

油揚げも焼いたり煮含めたり。おいなりさんは冷めても美味しく、お弁当にうってつけで大豆様様である。

ソイミートはタコミート風にしたりと肉の代用品として使える。乾物で保存性もいい、といえばヒジキや高野豆腐ナッツなども常備だ。

乾物は水分を吸い込むところも弁当利用に適している。
持ち運びする弁当の掟は汁気が漏れないようにする、ということにつきる。

葛粉や寒天粉でとろみをつけたり固めることで味も凝縮される。

料理というのは特に寒い時期そうだが熱々、出来立てだからこそ美味いというものが多い。
そこを何とか、冷めても美味しい、いや冷めてるからこそ味がしみておいしいお弁当、というのを考える。

逆に腐りにくい気温を生かした季節限定のお弁当もできるはずだ。

純菜食ではなくなるが、遺伝子組み換えの飼料ではない、と明示してある卵を購入できたときは、卵料理も作る。

卵は和洋中お菓子とバリエーション豊かに応用でき、様々な食材を巻きこみ、まとめることができて、なんと便利な食材なのかと思う。

甘酒でこねて発酵させた小麦粉生地も冷蔵庫にスタンバイしているから、いつでも麺棒で伸ばしてフライパンで焼いて、すぐにチャパティからピザやお焼きもできる。

そういえば母も私が高校生だったころお弁当を作ってくれていたが、作るのが負担だったのか、給食の方がいいのに、とよくこぼしていた。

既成の冷凍食品をレンジでチンして詰めた弁当も、それはそれで美味しかったが、よくお金もらって売店で菓子パン買ったり、学食でカレー食べたりしていた。

子供の幼稚園選びも親の負担の減る、弁当でないところが人気だが、反面キャラ弁作りに励む親御さんもいるのだろう。

小学校は給食あるところが多いが、そうでない中学高校以上になるとコンビニ飯が主流だという。

そのカウンターとして昨今、弁当男子なる人たちの出現し、こだわりの詰まった、人の弁当の本を見るのは楽しい。

食べること着ることという、生きる基本。本来楽しみであるはずの衣食を学校という場所では給食や制服で画一させて、全てお任せで自分の食べるものも着るものも、何も考えなくて済む人間を生み出す工場、と言ったら言い過ぎだろうか。

生きることに役にも立たないことばかり暗記させられ、詰め込み、点数で競い、分断させる教育は文字通り味気ない。ロボットのように生きるのには適応するだろうが。

とはいえども、弁当づくりも面倒なとき作りたくなければ無理にすることはないのだ。
握り飯だけだっていいし、コンビニも給食もカップ麺だって有り難い。

中高年に増えてる鬱の人の特徴に、何食べても味気なく砂を噛むようになるのだそうだ。

生きるのに厭世的になったら、飽食から一歩引いて24時間以上食を絶ってみたらどうだろう。

そのまま難なく即身仏になれたら最高の肉体の去り方だと思うが、(自らの意思で食を断つのと餓死は似て非なる)

大抵は断食後に、普段は当たり前のように食べてることが、感動の体験になると思う。

断食を週2-3はするようになってとみに思うのは、食の楽しみは人間に素晴らしい喜びを与えてくれる、ということだ。

かといって食べることだけが楽しみな老後は(若いうちもそうだが、、)マズイと思うので、無尽蔵のフリーエネルギーであるプラーナで生きれるように徐々にシフトしていくのだ。

こんなこと考えてるのは自分だけか?と思う時もままあるが、プラーナ研究家のジャスムヒーンさんのワークショップには数百人の人が参加してたのだから、同じ方向性の人もたくさんいるのだ。

楽しく生きるには、例えばつらい状況ーー親知らずが痛い、年取って歯がなくなってご飯が食べられない、収入が減って食っていけない、などそれで絶望するだけではなく、これは食べなくとも生きれるよう、進化する機会だ、と捉えるなど知恵を絞り、ひらめきを得て逆転の発想をしていきたい。




れんこん 油揚げ
豆腐ハンバーグ ブロッコリー
自家製梅干しなど詰め込んで。









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